メメント森

そのうち攻略情報とか書けたらいいな

成人式の思い出

一番の親友だった奴がいた。ここではWとする。

Wは肥満児で運動音痴、成績も常に下のほうだったが、明るくて面白く、ゲームとイラストが抜群にうまかった。席も家も近かったのですぐ仲良くなり、小学校6年間はずっと同じクラスだった。中学ではクラスこそ離れたものの、ずっと一緒だった。

 

当時の俺は朝から晩まで野球バカだったけれども、Wと遊ぶ時間だけは別枠にしていた。Wの影響でゲームをやりこむようになり、夢中でマンガを描いた。ハイスコアノートを作って連日勝負し、毎日ゴミのようなリレーマンガを描いていた。

 

 

別々の高校に進んだあと、Wはすっかり身長が伸びて標準体型になり、急にモテるようになった。お人好しだったWは、いつも悪い女にひっかかり、ろくでもない目にあっていた。たくさん騙され、死ぬほどバイトし、それでも痛い目にあっては、俺のところに愚痴をこぼしにきていた。それを笑って聞き流しては、一緒にゲーセンにいくのが定番だった。

 

やがて、Wに年上の彼女ができた。物腰の柔らかい、信用できそうな、魅力的な女性だった。複雑な家庭環境だったWは、高校卒業と同時に就職し、彼女と暮らすことに決めた。同じく複雑な家庭環境のため、家を出て働く予定だった俺には、それはとても眩しく見えた。

 

Wが静岡に引っ越したあとも、連絡をとりあってちょこちょこ会いに行った。「最近なんのゲームやってる?」「最近絵は描いてる?」と、ささいな話をして、なにか対戦ゲームをして、Wの家に常備している落書き帳にいたずら描きをして帰る。お互いカネがないので、観光はおろか外食もほとんどしなかった。それでも存分に、ささやかな再会を楽しんだ。

 

Wが19になった頃、子供ができた。翌年入籍。仲間内でも飛び抜けて早かったので驚いたが、幸せそうな2人はうらやましかった。式もパーティもなかったので、仲の良かったメンバーでカンパし、精一杯の祝儀を包んだ。

 

成人式の日、Wは東京に戻ってくるはずだったが、出産と転勤が重なったバタバタで帰省できないと連絡があった。残念だったが、ちょくちょく会っていたこともあり、当時は「まあ仕方ないよね」と軽い対応だった。成人式当日に集まった同級生連中とは、Wの話で朝まで盛り上がった。みんなWが大好きだった。

 

19で子に恵まれ、20で結婚したWは、21で死んだ。

 

ごく平凡なゆるい右カーブで、Wの車は電柱に激突した。単独事故だった。なにかを避けたのかもしれないし、寝ていたのかもしれない。原因は知らない。

成人式に行けない、という電話が、Wとの最後の会話になった。

 

訃報を聞いて、すぐに仕事を休み、静岡に向かった。駅から遠く、不便な場所の、ごく小さい部屋。ささやかな赤ちゃんグッズが部屋を明るく見せていたが、苦しい生活であったことは容易にわかる。奥さんは憔悴しきっていた。

 

転職から間もなかったWは、周囲に知り合いもおらず、奥さんは生まれたばかりの赤子につきっきりだったので、よくわからないままいろいろなことを手伝った。ほぼ絶縁状態だったWの父と、仕事を辞めて収入がない奥さんは、お互いにWの墓地や葬儀費用を押し付けあっていた。その横で、どうにもならない論争を聞いていた。なにもかもが嫌になったが、なにしろ床ではWが死んでいる。生きている人間は、できることをしなければいけない。

 

人間は突然死んでしまうのだ。遺言もないし、形見分けもなかった。Wが東京を離れるとき、思い出にと持っていった俺との大量のリレーマンガも、すべて廃棄されてしまった。貸したマンガやゲームも戻らない。売られて、少しはミルク代の足しになったのだろうか。

 

奥さんは連絡先を告げずに引っ越してしまった。一周忌が近づいても、呼ばれることもなかった。だからその後の連絡先はわからない。もしかしたら、アパートの大家さんにあたれば、調べる方法もあったのかもしれない。でも、俺も含め、友人連中は誰も探さなかった。墓の場所も知らない。ただ、仲のよかった連中で集まって、朝までWの思い出を語りながら一周忌を過ごした。やるせない気持ちがあふれて、みんな顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。

 

Wは一番の親友だった。死んじまったから、もうずっと一番だ。

 

20歳だった頃の自分の記憶はもうだいぶあやふやになった。それでも、Wが死んだ日のことは明確に覚えている。そして必ず、その日とセットで、Wと会うはずだった成人式のことを思い出す。

 

Wと知り合わなければ、たぶんゲームもマンガも、今ほど好きになることはなかっただろう。でも知り合ったおかげで、いくつになってもゲームが好きなままでいられた。今日もゲームで楽しく遊び、そういえば成人の日だったっけ、と思い立ってこんな昔話を書いている。あまり楽しい話題ではないけれども、こういうきっかけでときどき思い出すのは、忘れてしまうよりずっといい。